棚ぼたでお金が入ってきたらいいのに

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金色の鳥居の前に並ぶ

京都に、御金神社という神社があります。

「おかね」ではなく、「みかね」と読みます。

金運アップを願う人たちが集まる、金色の鳥居の神社です。

ここまで金色なら、もう「おかね神社」でもいい気がしますが、そこはうっすらベールをかけてあるのでしょうか(笑)

大通りから少し入った住宅街にある小さな神社で、私が訪れたときは、参拝を待つ人が道路までずらりと並んでいました。

列に加わりながら、思いました。

「棚ぼたで、お金が入ってきたらいいのにな」

おそらく、並んでいた人の中にも、同じことを考えていた人はいたと思います、絶対(笑)

働けばお金は入る。でも、それではない

もちろん、働けばお金を受け取れます。

並んでいる時間に仕事をした方が、金額だけを考えれば確実かもしれません。

でも、そういうことではないのです。

努力の対価ではなく、思いがけないところから、するりと入ってきてほしい。

宝くじが当たる。忘れていたお金が見つかる。誰かが思いがけずごちそうしてくれる。

一発逆転とまではいかなくても、「え、いいんですか?」と言いながら受け取りたい。

人は案外、そういう棚ぼたが好きです。

それなのに、楽してお金がほしいと思う自分を見つけると、

「がめつい」

「怠けている」

「ちゃんと働きなさい」

と、心の中の風紀委員が出てきます。

高尚ではない自分も出演させる

お金の話になると、立派な自分だけで考えようとすることがあります。

人の役に立って、その対価として受け取ります。

必要なものだけを買い、無駄遣いはしません。

感謝して、きれいにお金を循環させます。

もちろん、それも自分です。

でも、

楽してお金が欲しい。

お得が好き。

できれば多めに入ってきてほしい。

そんな自分もいます。

がめつさを嫌って舞台から追い出そうとしても、楽屋にはいます(笑)

それなら、「まあ、そんなところもあるよね」と一度出演させてしまった方が楽です。

本音を認めることと、本音のままに行動することは別です。

棚ぼたを願ってもいい。

同時に、人のために必要な仕事をしたり、堅実なお金の使い方を考えたりすることもできる。

人の中には、最初からいろいろな役が同居しています。

棚ぼたを願いながらも、高級ショートケーキを買う

参拝のあと、私は1,300円の極上ショートケーキを食べました。

高級いちごがこれでもか!と乗ってるやつ。

これは散財ではありません(笑)

食べたいと望む私にお金を払って(エネルギーを出して)食べさせてあげる。

自分を喜ばせることにケチってはいけないのです。

棚ぼたでお金が入ってきてほしいと願いながら、自分が食べたいケーキには、ちゃんとお金を払う。

その両方が、私のお金との付き合い方です。

お金のことを考えるとき、正しい人になろうとすると、心が苦しくなることがあります。

何に使いたいのか。

どうやって入ってきたらうれしいのか。

本当は、どれくらいほしいのか。

そこには、少し高尚ではない答えが混ざるかもしれません。

でも、その本音まで含めて、自分のお金の脚本です。

金色の鳥居の前に並ぶ自分も、ケーキに1,300円払う自分も、同じ舞台にいていい。

まずは楽屋に隠れている本音を、追い出さずに見つけてみる。

お金との関係を変えるのは、そのあたりからでもいいのだと思います。


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