以前、日光のお寺や神社を巡ったことがあります。
由緒ある建物や仏像を眺め、静かな気持ちで話を聞いていると、案内の最後にお札やお守りを勧められました。
「ここでしか買えません」
「これ一つで、いろいろな願いに」
「大切な方のご家庭にも」
出るわ出るわのセールストークです。
神聖な場所に来たつもりが、急に通販番組の終盤のようになってきました(笑)
正直、私は少し引きました。
神聖なものと、お金儲け
私の中には、神様や仏様は神聖なものだから、お金儲けのような利己的なものと一緒にしてはいけない、という感覚がありました。
「願いが叶います」と言いながら、お守りを売る。
それは、少し欲深いことのように見えたのです。
でも、境内を歩きながら考えました。
お寺や神社を維持するにも、お金は必要です。
建物を修繕する。
庭を整える。
働く人にお給料を払う。
次の世代へ残していく。
神聖な場所だからといって、屋根が無料で直るわけではありません。
「稼ぐ=悪い」という脚本
お金の話になると、急に清らかであろうとすることがあります。
人の役に立ちたい。
喜んでもらいたい。
でも、その対価としてお金を受け取るとなると、どこか後ろめたい。
高いと思われないだろうか。
がめつい人に見えないだろうか。
本当にいいものなら、安く提供するべきではないか。
人生劇場で見るなら、「お金を稼ぐ人は欲深い」という脚本が、舞台の端でこちらを見張っているのかもしれません。
けれど、続けたい仕事や守りたい場所があるなら、お金は必要です。
稼ぐことそのものに「悪」を乗せなくてもいいのだと思います。
何のために受け取るのか
もちろん、押しの強い売り方をすればいいという話ではありません。
日光で聞いた「さあ、どうぞ」と畳みかけるセールストークには、やはり改善の余地があると思いました(笑)
でも、売り方が好みではないことと、お金を受け取ることが悪いことは、別の話です。
自分の仕事を続けるため。
誰かに必要なものを届けるため。
技術を磨くため。
安心して暮らすため。
お金は、そのために現実の中で働いてくれる道具です。
もし、お金を稼ぐことに罪悪感が出てきたら、「私は何のために受け取りたいのだろう」と考えてみる。
お金儲けを悪者にする前に、そのお金で守りたいものを見てみる。
神様のいる場所にもお金が必要なのですから、私たちの暮らしや仕事に必要なのは、なおさらです。
次は、どの人生劇場をのぞいてみますか?
人生劇場には、恋愛・仕事・家族・お金・自分との関係など、
さまざまな「いつものパターン」があります。
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