誰かに嫉妬したとき、「奪われた」と思っているもの

一緒に頑張ってきた友人が、うまくいき始めた。

たくさんのお客様に囲まれて、楽しそうに仕事をしている。

本当なら「よかったね」と言いたいのに、なぜかその人の記事を読むとモヤモヤする。

そこで記事を見ないようにする。

嫌いになったわけではない。けれど、見たくない。

認めたくはないけれど、これは嫉妬です。

できれば、もう少しきれいな名前をつけたいところです(笑)

自分とかけ離れた人には、案外嫉妬しない

嫉妬するのは、まったく別世界にいる人より、自分に近い人だったりします。

同じころに始めた人。

同じことを学んだ人。

自分にも手が届きそうな場所へ、先に行った人。

「あの人にできるなら、私にもできるはず」

そう思う自分と、「でも、今の私はできていない」と思う自分が同時に出てくる。

嫉妬の中には、できると思っている自分と、できないと責める自分の両方がいます。

ただ相手が嫌いなだけなら、ここまで心はざわつきません。

「私の分がなくなった」と思っていないか

友人にお客様が増えたとき。

誰かが素敵なパートナーと出会ったとき。

きょうだいばかり褒められたと感じたとき。

心の中では、「本当は私のところへ来るはずだったものを取られた」と受け取ることがあります。

賞賛も、お金も、信頼も、愛情も、数に限りがある。

相手がたくさん受け取ったら、自分の分は減る。

そんな脚本なら、相手の幸せが脅威になるのも当然です。

でも、友人のお客様と自分のお客様は、同じ一人を奪い合っているわけではありません。

その人にはその人の関係があり、自分には自分の関係があります。

愛には、いろいろな形がある

愛の形は四角だと思っていたら、丸い愛が届いても愛だと気づきません。

相手が受け取った四角を見て、「私にはない」と落ち込む。

けれど、自分の前には丸も三角も、なぜか円すいも置かれていることがあります。

愛の図形、多すぎます(笑)

同じ相手から、違う形の愛を受け取ることもあります。

誰かが受け取ったから、自分の分がなくなったとは限りません。

嫉妬が出てきたら、すぐに立派な人になろうとしなくていい。

「私は何を奪われたと思ったのだろう」

そう見てみると、自分が欲しかったものがわかります。

嫉妬は、相手を嫌うためだけの感情ではありません。

自分の欲しいものと、「私には来ない」という脚本を知らせる感情でもあります。

奪い合っている舞台から降りると、相手のものと自分のものを、別々に見られるようになりますよ。


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