お金を使うと罪悪感が出るのはなぜ?

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自分のために使うと、なぜか罪悪感が出る

欲しいものを見つけた。
買えるお金もある。
生活に困るわけでもない。

それなのに、自分のために使おうとすると、

「こんなものに使っていいのかな」
「もったいないんじゃない?」
「あとで困らない?」

と、急に罪悪感が出てくることがあります。

買わなければ安心。
でも、欲しかった気持ちは残る。

買ったらうれしい。
でも、「使ってしまった」が気になる。

どっちにしても、ちょっと落ち着かないんですよね。

すべての支払いに罪悪感があるわけではない

ここで見てほしいのは、すべてのお金に同じ罪悪感が出ているわけではない、ということです。

食費なら平気。
家族のためなら出せる。
仕事の道具なら必要経費と思える。
でも、自分がきれいになるものや、ただ楽しいだけのものには出しにくい。

反対に、バッグには出しにくいけれど、学びには出せる人もいます。

何に出せて、何に出せないのか。
金額が違うと、どこから怖くなるのか。
自分用と人のためでは、気持ちがどう変わるのか。

細かく見ていくと、お金そのものより、自分の中のルールが見えてきます。

お金に「自分の価値」をくっつけていない?

たとえば、自分で収入を得ていないと、

「これは私のお金ではない」
「働いていない私が使ったら申し訳ない」

と感じることがあります。

でも、お金はお金です。

そこに、

働いた私なら使っていい。
家族の役に立つものなら使っていい。
何か成果が残るものなら使っていい。

という条件をくっつけているのは、自分かもしれません。

欲しいものを買うたびに、自分の価値まで審査される。
そら、買い物もしんどくなります(笑)

お金の使い方には、大切にしているものが出る

何にお金を使うかは、価値観です。

安心を大切にする人。
経験を大切にする人。
学ぶことに使いたい人。
家を心地よくすることに使いたい人。
体を楽にすることに使いたい人。

どれが正解ということではありません。

「私は、何を受け取るためならお金を出せるんだろう?」

と考えてみると、自分が大切にしているものが見えてきます。

お金の使い方は、ただ残高を減らす行為ではなく、自分の暮らしに何を増やすかを選ぶことでもあります。

罪悪感をなくすより、小さく選び直す

安心を壊す金額では試さない

罪悪感をなくそうとして、急に大きなお金を使う必要はありません。

不安のあるまま大盤振る舞いしたら、そりゃ不安になります(笑)

生活に必要なお金や、安心できる範囲を確認したうえで、小さい選択から始めます。

買ったあとの自分を想像する

千円のやかんでもお湯は沸きます。

でも、三千円のやかんを毎朝見るたび、

「これ、かわいいな」
「これでお茶を入れる時間が好きやな」

と思えるなら、二千円ぶんで買っているのは機能だけではありません。

その時間、その気分、その暮らしも含めて選んでいます。

使ったあとに受け取ったものを確認する

買ったら終わりではなく、

使ってみてどうだった?
気分はどう変わった?
本当に欲しかったものだった?

と確認してみてください。

満足したなら、「自分に使っても大丈夫だった」という経験になります。

違ったなら、「私はここにはお金を使わなくていい」とわかります。

どちらも失敗ではなく、自分のお金の脚本を知る材料です。

罪悪感を無理になくすのではなく、

「私は何を怖がっている?」
「私は何を大切にしたい?」

と見ていく。

その積み重ねで、お金は「使うたびに自分を責めるもの」から、「自分の暮らしを選ぶもの」へ少しずつ変わっていきます。


次は、どの人生劇場をのぞいてみますか?

人生劇場には、恋愛だけでなく、仕事・家族・お金・自分との関係など、
さまざまな「いつものパターン」があります。

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