親の手伝いをする生活にも少し慣れ、自分の時間を持てるようになった頃のことです。
夜、自室でくつろいでいると、一階が妙に静かでした。
お風呂に入るような物音もしません。
下へ行ってみると、母はテレビの歌番組に夢中になっていました。
「まだお風呂に入っていないの?」
「歌を見ていたの」
少し照れたように答え、急かされた母は、そそくさとお風呂へ向かいます。
テレビに夢中になって、お風呂に入るよう注意される。
すっかり、子どものようです。
世話をする側と、される側
父も年を重ね、湿布を自分で貼り替えるのが難しくなっていました。
その夜も「湿布だけ替えてくれないか」と頼まれたのですが、母が言いました。
「私がやるから、真貴子は早くお風呂に入ったら。遅くなったらかわいそうでしょう」
すると父は、
「お前が貼ると、湿布がくちゃくちゃになる」
親切と実力が、きれいにかみ合っていません(笑)
私は二人のやりとりがおかしくて、少し笑ってしまいました。
このあいだは、お風呂に入るよう急かされていた母が、今度は私の寝るのが遅くならないよう気をつかっています。
体のことでは子どもの世話になる場面が増えても、心の中には、まだちゃんと親の役が残っているのです。
家族の役は、一つではない
親が老いてくると、親子の立場が逆転したように感じることがあります。
予定を管理する。
病院へ連れていく。
同じ話を何度も聞く。
「私がしっかりしなければ」と思う場面も増えていきます。
けれど、親がずっと子どもになるわけでも、子どもが完全に親になるわけでもありません。
世話をしているこちらが、何気ない一言に安心したり、昔から変わらない顔に頼ったりすることもあります。
人生劇場の配役は、思っているほど固定されていないのかもしれません。
ある日は私が親のように振る舞い、別の日には、母の一言で子どもに戻る。
親も、子どもになったり、親に戻ったりする。
そうやって役を入れ替えながら、家族という舞台は続いていきます。
老いを悲しい変化としてだけ見ると、失われていくものばかりが目に入ります。
でも、その中には少し可笑しくて、まだ温かい場面もあります。
湿布がくちゃくちゃになる夜も含めて、家族なのだと思います。
次は、どの人生劇場をのぞいてみますか?
人生劇場には、恋愛・仕事・家族・お金・自分との関係など、
さまざまな「いつものパターン」があります。
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