家族の節目を祝うのは、思い出を作るための口実

家族全員で、「ご飯食べ」に行きました。

京都のおばちゃんは、「食事会」や「会食」ではなく「ご飯食べ」と言います。

妙に用件がわかりやすい(笑)

両親の還暦、古希、喜寿も、同じお店でお祝いしました。

最初の頃は、花やケーキも用意して気合十分。

回数を重ねるうちに、だんだん食事だけになりました。

それでも、みんなで同じテーブルを囲んだ日は、ちゃんと思い出として残っています。

家族で集まるのは、案外めんどくさい

家族なのだから、いつでも会える。

そう思っていても、それぞれに仕事や暮らしがあります。

全員の予定を聞く。

お店を決める。

予約をする。

出かける準備をする。

ご飯を食べるだけなのに、そこまでに細かな仕事がいくつもあります。

「また今度でいいか」と思えば、今度はなかなか来ません。

そこで役に立つのが、還暦や古希、誕生日などの節目です。

せっかくだから行こう、と重い腰を上げる口実になります。

祝うことは、親と子の共同制作

お祝いは、子どもが親のために一方的にしてあげるものにも見えます。

でも、親には「家族に祝ってもらった」という思い出が残り、子どもには「みんなで祝えた」という思い出が残る。

やってあげた人と、やってもらった人。

どちらにも残る、なかなかよくできた共同イベントです。

過去のお祝いを思い出せるのは、その日にちゃんと集まっていたからです。

写真の中に、当時の父も、少し若い私たちもいます。

盛大でなくても、日付に印をつける

家族の時間を大切にしようと思うと、立派なことをしなければいけない気がします。

けれど、毎回花束やケーキまで用意しなくてもいい。

いつもより少しおいしいものを食べる。

一枚だけ写真を撮る。

「おめでとう」と言う。

それだけでも、何でもない日の中に印がつきます。

家族の節目は、完璧なお祝いをするためではなく、一緒に過ごす日を先に確保するためにあるのかもしれません。

またいつか、では流れてしまう時間を、「この日に集まろう」とつかまえておく。

祝うことは、未来から振り返るための思い出を、今ここで作っておくことでもあります。


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