「私が我慢すれば、みんなうまくいく」の役を降りる

家族の中で揉めそうになると、自分が引く。

言いたいことはあるけれど、飲み込む。

私さえ我慢しておけば、みんなは機嫌よく過ごせる。

それなら、そのほうがいい。

そうやって家族の平和を守ってきた人がいます。

では、もう一度聞きます。

本当に、それでうまくいっていますか。

我慢は、平和に見えやすい

一人が黙れば、言い争いは起きません。

その場は静かに終わります。

外から見れば、仲のいい家族に見えることもあります。

けれど、我慢した人の中には、言えなかった気持ちが残ります。

どうして私ばかり。

誰も私のことを考えてくれない。

また私がやるのか。

表面は平和でも、心の中ではずっと小競り合いが続いているのです。

声に出していないので、家族には伝わりません。

周りは「これで大丈夫なのだ」と学び、同じ形が繰り返されます。

犠牲になる役は、誰が決めたのか

「私が我慢するしかない」と思っているとき、ほかの方法は見えにくくなります。

家族が怒るから。

話してもわかってくれないから。

私がやったほうが早いから。

確かに、簡単には変わらない事情もあります。

それでも、「私は本当に、この役を続けたいのか」と疑ってみることはできます。

我慢している自分を立派だと思いたいこともある。

自分が犠牲になれば、家族の中で必要な人でいられることもある。

苦しい役なのに、降りるほうが怖い。

人生劇場では、つらい役にも続けている理由があります。

まず、自分の希望を表に出す

役を降りるといっても、突然すべてを放棄する必要はありません。

最初にするのは、自分が何を望んでいるかを、自分で認めることです。

今日は休みたい。

一人で決めないでほしい。

それは自分でしてほしい。

私の話も聞いてほしい。

口に出せるかどうかは、その次です。

長く我慢してきた人は、自分の希望そのものがわからなくなっていることがあります。

まずは心の中で、「本当はどうしたい?」と聞いてみる。

そして、いちばん小さく言えることから言葉にする。

誰か一人が攻撃を受け続けなくても、家族は存在できます。

我慢で保たれている静けさだけが、平和ではありません。

全員が少しずつ自分の役を引き受ける形へ変わるには、ずっと黙っていた人の希望も必要です。

「私が我慢すれば」の脚本を閉じることは、家族を壊すことではない。

家族の平和に、自分も入れてあげることです。


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