自分から「会いたい」と言う。
いつも自分から連絡する。
相手が喜ぶことを考えて、予定を合わせて、気持ちを言葉にする。
それなのに、向こうから返ってくるものが思っていたより少ないと、心の中が急に静かになります。
あれ・・・?
私ばっかりでは?
その静けさは、しばらくすると悲しさになり、もう少し放っておくと怒りになります。
「出した分だけ、そちらからも返してほしい」
恋愛の中で、そんな気持ちになることがあります。
愛情を量り始めると、足りないものばかり見える
私はこれだけしている。
なのに、相手はこれしかしてくれない。
心の中に小さな計量器が出てきて、愛情を量り始めます。
けれど、愛って何グラムなのでしょう(笑)
連絡の回数なのか。
会うために使った時間なのか。
言ってくれた言葉の数なのか。
人によって愛情の表し方は違うので、本当は同じ秤に載せられません。
それでも「同じだけ」を求めたくなるのは、返ってこない愛情が寂しいからです。
どうせ私は二番目、三番目。
誰かの一番にはなれない。
目の前の出来事よりずっと前から持っていた脚本が、ここでまた開くことがあります。
受け取ったら、返さなければいけない
では反対に、誰かがこちらへ、たっぷり愛情を向けてきたらどうでしょう。
自分の都合を後回しにしてでも会いに来る。
何度も好きだと言い、こちらが何もしなくても大切にしてくれる。
うれしいはずなのに、少し重く感じる人もいると思います。
「こんなにもらっても、同じだけ返せない」
「期待に応えられなかったら、傷つけてしまう」
そう思うと、受け取る前から距離を取りたくなります。
自分は同じだけ返してほしいと思っているのに、いざ受け取る側になると、同じだけ返せないのが怖い。
なかなか複雑です。
人生劇場で見るなら、そこには「愛情は同量交換でなければならない」という脚本があるのかもしれません。
同じ形で返さなくても、愛はなくならない
もちろん、一方だけが我慢し続ける関係を受け入れなくていいと思います。
寂しいなら、寂しいと伝えていい。
もっと会いたいなら、そう言っていい。
ただ、「私と同じ形で返してくれない」と「愛されていない」は、分けて見てもいいのではないでしょうか。
言葉で返す人もいれば、行動で返す人もいます。
すぐに返す人もいれば、ずいぶん後になって返す人もいます。
自分が渡した相手ではない、別の誰かへ渡っていくこともあります。
愛情は、いつもきれいな往復便になるわけではありません。
返す量を心配せず、まず受け取ってみる。
返ってきたものを急いで採点せず、その人なりの形を見てみる。
心の中の計量器を、いったん棚へ戻してみると、これまで「足りない」に隠れていたものが見えてくる。
次は、どの人生劇場をのぞいてみますか?
人生劇場には、恋愛・仕事・家族・お金・自分との関係など、
さまざまな「いつものパターン」があります。
気になる人生劇場があれば、こちらものぞいてみてください。
▶ 人生劇場とは
📩 人生劇場レター
ブログでは書ききれないことや、
日常の「なんでまた?」を人生劇場の視点から読み解くヒントをお届けしています。
読んだあとに、
「なんや、そういうことか(笑)」
と肩の力が少し抜けるようなレターです。
よかったら、こちらにも遊びにきてください。










