昔話を聞き流していた私が、次の世代へ渡す側になる

若い頃、おじいさんの昔話を聞くと、「もう、その話は聞いた」と思うことがありました。

話は長いし、今の自分には関係がない。

同じところへ何度も戻るので、結末までが遠い。

ところが、自分が年齢を重ねると、昔話の聞こえ方が変わってきます。

その人がいなくなれば、もう誰からも聞けない話なのだと気づくからです。

本には載らない、当事者の話

久しぶりに、野村萬斎さんの狂言を観に行きました。

野村万作さんは、当時九十二歳。

舞台のほかに、家に伝わってきた狂言の歴史を話してくださいました。

お父さまは、狂言で食べていけなかったときのために能面彫りを習っていたこと。

息子たちへ、白檀で彫った根付を贈ったこと。

流派や演目の説明なら、本でも読めます。

けれど、その時代を生きた人が、自分の感情を乗せて話す歴史は、本の情報とは少し違います。

出来事だけではなく、そのとき何を心配し、何を残そうとしたのかまで伝わってきます。

受け取る側から、渡す側へ

二十代の頃の私は、狂言のことを知りたくて本を買い、流派や歴史を勉強しました。

知らないことを、上の世代から受け取る側でした。

それから年月がたち、自分にも次の世代ができました。

すると、ずっと受け取る側にいるわけではないのだとわかります。

自分が見た舞台。

夢中になって調べたこと。

そのとき会場にいた人にしかわからない空気。

いつの間にか、自分の中にも誰かへ渡せる「引き出し」が増えています。

同じ話をする人にも、役がある

家族の昔話は、きれいに整理されていません。

話すたびに少し変わったり、同じ場面だけ妙に詳しかったりします。

だから聞く側は、またその話かと思う。

それでも、何度も話したくなる場面には、その人が残したいものがあるのでしょう。

全部を覚えなくてもいい。

ただ、聞けるうちに一つでも受け取っておく。

そしていつか、自分が見聞きしてきたものを次の人へ話す。

家族の舞台では、昔話をする役も、少しずつこちらへ回ってきます。


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