高い講座ほど、全部受け取ろうとして苦しくなる

二十万円、三十万円の講座へ申し込む。

内容は充実している。

動画も資料もたくさんある。

質問できる機会も、講師からのサポートも用意されている。

この金額で、これだけ受け取れるならお得だと思う。

最初は「全部、身につけよう」と意気込むのです。

ところが途中から、動画を見るだけで精いっぱいになる。

未視聴の教材が増え、情報量に追いつけず、やがて講座のページを開かなくなる。

私の、講座を学ぶときのあるあるです(笑)

払った金額と、受け取れる量は同じではない

高いお金を払うと、その分だけ受け取らなければ損だと思います。

用意されたものを全部見る。

一つも取りこぼさない。

払った金額に見合う自分になる。

けれど、人が一定の期間に受け取れる量は、それほど多くありません。

講師がどれだけたくさん渡してくれても、こちらの中がいっぱいなら入らない。

講座の内容が悪いわけでも、学ぶ力がないわけでもありません。

入れる場所がなくなっているだけです。

受け取るために、先に外へ出す

学んだことをノートへきれいにまとめても、それだけでは情報が中に残ります。

誰かに話してみる。

一つ試して、どうだったかを書いてみる。

講座の場で「私はここが変わりました」と伝えてみる。

外へ出すと、自分が何を受け取ったのかも見えてきます。

グループ講座なら、その話が別の参加者の役に立つこともあります。

講師にとっても、届けたものがどこへ着いたのかがわかります。

一人で壁へ向かって話している状態から、やっと循環が始まります。

元を取るより、一つを動かす

高い受講料を払ったのに、全部できなかった。

そう思うと、残った教材が罪悪感の山に見えてきます。

でも、元を取ることを「全部見る」にしなくてもいい。

一つ受け取って、一つ外へ出す。

それが誰かの役に立ったり、自分の暮らしや仕事を少し変えたりすれば、学びはそこで動き始めます。

受け取る器は、大きくするだけでは足りません。

入ってきたものを使い、空きを作ることも必要です。

払った金額に追い立てられるより、今日受け取った一つを、どこへ渡すか考えてみる。

講座の価値は、教材の量ではなく、自分の中を通って動いたものの中に残ります。


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