好きな人に望むことが、「活躍」から「幸せ」に変わるとき

好きなアーティストのライブへ行きました。

少し喉の調子が悪そうに聞こえます。

以前、体調を崩したこともある人です。

大丈夫だろうか。

また悪くなっているのではないか。

一度気になり始めると、歌を聴きながら心配のほうが大きくなっていきました。

好きだから、ずっと続けてほしい

好きな人には、最高の姿を見せてほしいと思います。

これからも歌ってほしい。

長く活動してほしい。

元気で、私たちの前へ出てきてほしい。

それは応援する人として、とても自然な気持ちです。

けれど心配が強くなると、いつの間にか「私が望む形で元気でいてほしい」へ変わることがあります。

歌い続けること。

表舞台にいること。

活躍している姿が見えること。

そこまでそろって、ようやく安心できる。

好きな気持ちの中に、自分の希望もずいぶん入っています。

歌わなくなっても、幸せならそれでいい

ライブを見ながら、ふと思いました。

もし歌えなくなったとしても。

表立った活動がなくなったとしても。

どこかで楽しく生きてくれていたら、それでいいのではないか。

そう思った瞬間、心配とは違う、あたたかいものが胸に広がりました。

目の前に姿が見えなくてもいい。

こちらの期待に応えてくれなくてもいい。

ただ、その人がその人の場所で幸せならいい。

好きな人への望みが、一つほどけたような気がしました。

同じ時間を過ごす奇跡

会場には、一万五千人ほどの人がいました。

歌ったり、踊ったり、笑ったりしている人たちを見渡します。

それぞれ別の毎日を過ごしてきた人が、同じ場所で同じ音を聴いている。

この顔ぶれが、もう一度まったく同じように集まることはありません。

そう考えると、その時間自体がとても不思議です。

好きな人に何をしてもらうかではなく、今ここで同じ時間を過ごせたことを受け取る。

心配で狭くなっていた視界が、少し広がりました。

愛は、思いどおりに元気でいてもらうことではない

大切な人が弱っていると、何とかしたくなります。

元気になってほしい。

前と同じ姿に戻ってほしい。

けれど、その人がどんな道を選ぶかは、その人の人生です。

こちらにできるのは、望んだ配役へ戻すことではありません。

ただ、幸せであってほしいと願うこと。

好きな人を心配しすぎたときは、「私はこの人に、どんな姿でいてほしいのだろう」と見てみる。

その条件を一つ外したところに、少し静かな愛が残ることがあります。


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